ヘルプマン
施設は終の住みかではなく、元気になるための場所―。「福利リカレント」を提唱するきたざわ苑では、寝たきりだった人が歩けるようになることもめずらしくないといいます。地域とのパイプ役であるイベント専門のレクリエーションワーカーが常勤しているのもユニークなところ。ご利用者さんたちの普通の暮らしを取り戻すきたざわ苑の取り組みを伺いました。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

祖母の介護経験が原点

中学の頃から祖父や祖母の介護をする両親の手伝いをごく自然にやっていました。父はあまり祖父とうまくいっていなくて、「お前なんかに風呂に入れて欲しくない」と文句を言われながら、毎晩入浴の世話をしていた姿が目に焼き付いています。祖母は認知症でだんだん症状が悪化して入院しましたが、薬で抑制され、体力がなくなり、最後は母親と僕のことしかわからなくなっていきました。

当時はまだ、認知症のケアには社会的な理解が乏しく、多くの人が病院に入院をしていました。この時に充分な介護ができなかったという思いがひとつの原体験となって、後に認知症と向き合う仕事をめざすようになりました。最初は重症心身障害児施設の指導員として社会人生活をスタート。その後、縁あって現在の社会福祉法人に移り、介護の仕事を本格的に始め、現在に至ります。
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老人ホームを終の住みかにしない

きたざわ苑で提唱しているのは「福利リカレント」という考え方。

リカレントとは循環という意味で、「施設に入ったらそのままずっと居続けるのではなく、施設で運動機能を回復し、認知症ケアを行うことにより、元気になったら自宅に帰っていただく。在宅でまた施設が必要になったらまた戻って来てくれればいい」というケア。一般的には高齢者というと機能回復は難しいと思われがちですが、きたざわ苑の基本姿勢は「自立支援の介護」。

例えば寝たきりだった方が、3ヵ月で歩行器を使って歩けるようになったり、認知症の周辺症状(徘徊、妄想、過食など)が改善したりということが珍しくありません。特別養護老人ホームを終の棲家ではなく「在宅で生活するためのひとつの社会資源」として活用していただく、それが僕たちの考え方です。

パワーリハビリテーションとの出会い

「自立支援の介護」をめざすようになったのは、「パワーリハビリテーション」との出会いが大きかったですね。

鳥取県の森本外科・脳神経外科医院の森本益雄院長先生が、たまたま当施設でパワーリハビリテーションの研修会を行ったのですが、その時に見た映像が衝撃的でした。高齢者に多いパーキンソン病※の方がリハビリを始めて3ヵ月後にはテニスができるようになっていたり、もちつきをしたりしているのを見て「どうしてこんなことができるんだろう」と不思議でした。

それをきっかけに同じくパワーリハビリテーションを提唱されている竹内孝仁先生(国際医療福祉大学大学院教授)とも知り合い、「認知症は治る」という先生の持論に基づくケアを展開することになります。当初は僕自身、認知症が治るとは思っていなかったので、先生から「施設長がそういう考えでは職員は変わらない。もっと勉強しなさい」と激励され、それが大きな転機になりました。

※パーキンソン病:高齢者に多く見られる難病。主要症状としては振戦(ふるえ)、無動(動作開始が困難、無表情など)、固縮(手足の筋肉が固くなること)が特に3主徴として知られている。

4つのケアで要介護度改善へ

竹内先生のケアは明快で、水分、食事、排便、運動の4つのケアの実践です。

年を取ると水分を摂る量が減りがちなので、まず「1日に1500ml以上の水を飲みましょう」というケア。食事は「1日1500kcal程度の栄養を摂りましょう」ということ。さらに「日中オムツゼロ」を実践しています。運動は、「大体平均して3.2kmくらいの散歩を毎日しましょう」ということで以上4つを徹底しています。こうした人間が生活していく上での基本のケアをちゃんと徹底し、生態的なリズムを確保しようというのが僕たちの考え方です。

こうした取り組みの結果、例えばある女性(78歳・要介護4で歩行や食事などがほとんど1人ではできない状態)の場合、歩行ができず、オムツを常用しており、日中の活動量が少ないために生活リズムが昼夜逆転していましたが、4つのケアの実践で夜も熟睡でき、歩行器を使って10m歩けるようになり、ご家族が「元気でおしゃべり好きだった頃に戻ったようだ」と話されるほど、冗談や皮肉も会話に交じるようになりました。

職員がうらやましい瞬間

2011年からは全員常食に向けての取り組みを開始しました。
介護施設に入ったからだんだん介護食へというのではなく、メニューや提供の仕方を工夫して、おいしく食事を味わっていただく。
すでにオムツゼロは達成しているので、2011年度は全員常食の実現が目標です。

僕自身がキーワードとして掲げているのは「普通」という言葉。
介護の現場に入ると排泄や食事など「普通」のことが、オムツ交換や介護食などになり、「普通」でなくなりがちです。

だから食事もトイレも「普通」に戻してあげればいい。それこそが利用者のニーズに応えることだと思います。こうした「自立支援の介護」は目指すことが明確で成果が形になって現れます。それが職員にとっても大きなやりがいになります。僕が働いていて一番うれしく、うらやましいのも職員が楽しく働いている姿を見ること。

介護職員が重度の認知症の周辺症状をあっという間になくしたり、要介護度5で寝たきりの人を「俺に任せろ!」っていう顔をして、6ヵ月後に歩かせてしまったりするのを見ると「ズルイな、俺もやりたかったな」と思いますね。

レクリエーションワーカーが腕をふるう
地域を巻き込んだ“本気の”イベント

もちつき大会やまぐろ解体ショー、オリエンテーリング大会など地域を巻き込んだレクリエーションが活発なのもきたざわ苑の特長。

地域に開かれた存在であり、地元の人々と利用者の触れあいの場でありたいというのが、「社会資源」であるきたざわ苑の考え方です。
これを実現するため施設独自のイベントを企画し、講演者の方やご近所の学校、団体とのパイプ役となって活躍するイベント専門の常勤職員が「レクリエーションワーカー」。

その手腕はさまざまな催しで発揮されます。お正月にはもちつき大会があり、地元の方や中学校のサッカー部の生徒たちに呼びかけ、準備を手伝ってもらいます。夏祭りの期間には施設の正面玄関にお神輿が4基ずらりと並び、子供神輿が庭をグルグル回るのを、お年寄りが目を細めて見ています。施設主催の納涼祭では、職員がやぐらを組み地域の方と一緒に盆踊りをして、フィナーレではプロの花火師によるナイアガラの滝で盛り上げます。全部本気でやっているので利用者のみなさんも大喜び。この他にもボランティアの音楽家の方を呼んだり、園芸療法のプロの先生に指導をいただいたりと、利用者の豊かな生活実現に向け「レクリエーションワーカー」は多方面で忙しく活動しています。

職員は「自立支援」のケアを実践するプロ

利用者のみなさんの「普通」を達成するために、きたざわ苑を社会資源として活用いただく。

そこで僕たちはその「普通」や「自立支援」のためのケアを行うプロでなければなりません。組織的にもこれを例外なく実践できるように考え方を徹底し、教育訓練を行っています。職員は現在約100名おり、20人ずつのユニットに分かれています。それぞれにユニットリーダーを配置し、彼らには自分が作りたいのはどんなユニットか、具体的な目標は何かを表明してもらいます。その上で予算的な措置も含めてユニットリーダーに権限を委譲します。ユニットリーダーはさらに現場の居室担当者に権限を落とし、「あなたが利用者に対して提供したいことは何か」を考えるように導いていきます。そして彼らを評価するのは僕ではなく、利用者の方々です。立てるようになる、眠れるようになる、普通の食事ができるようになる…その喜びが職員への評価にもつながっていきます。

上から「ああしなさい、こうしなさい」と言うよりも、利用者の方々が職員を評価する。そして、利用者に一番近い現場の職員はしっかりその声を聞くことで、自らスキルを磨き、接遇に反映させるようになります。

職員メッセージ(1)萩原利育さん
短期入所ユニットリーダー

1泊から1ヵ月までの短期入所のユニットリーダーを担当しています。

ユニットのメンバーには、まず利用者のみなさんに安全に帰っていただくことと、利用者も家族も「楽しかった」と思っていただけるようなユニットにしようと話しています。また、ケアマネジャーやデイサービスのチームとも連携して自宅でも歩いたり、飲んだりできるよう統一したケアを実践することも目標のひとつです。自立支援の取り組みを始めてから「外に行こう」という企画を何度か実施するようになり、最近では東京タワーの展望台に上る半日のツアーに行ってきました。

一見実現が難しそうな企画でもリーダーとして積極的に提案すると、施設長はすぐにダメとは言わずに「これだと計画が甘いから、ここをもっと詰めて」という形でアドバイスをしてくれるので、実現に向けてドライブがかかります。介護というと決まったことをこなすイメージを持っている人もいると思いますが、うちの施設を見ていただければガラリと介護の印象が変わると思いますよ。

職員メッセージ(2)阿部扶早子さん 
短期入所生活相談員

もともとは大学で映像関係を勉強し、そちらの道で仕事をしていましたが、父親の入院をきっかけにこの業界を志すようになりました。

短期入所の生活相談員は、サービスの窓口としてケアマネジャーやデイサービスなど他のサービスや利用者のご家族と連絡を取り合い、利用者の日程やベッドの調整をしたり、現場での介護にも参加したりとマルチな仕事です。以前いた施設では正直毎日の仕事にあまり変化を感じることがなかったのですが、きたざわ苑では「自立支援」という考え方が徹底しているので、日々、「歩けるようになった」「ごはんが食べられるようになった」「次はああしよう」と変化があり、毎日楽しく過ごしています。

今、介護を学んでいて実際に就職しようか迷っている方も、きたざわ苑のようなところで介護の現場を体験すれば、きっと「介護」のイメージが変わると思います。
[
文: 高山 淳
写真: 山田 彰一
]
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