ヘルプマン
「お坊さんヘルパー」に「俳優ヘルパー」、NPO法人グレースケア機構のホームページにはヘルパーの顔写真とともに多彩な特技やプロフィールが並びます。業界でも珍しいヘルパーの指名制を取り入れている同法人。代表の柳本貴文さんがめざすのは、自分の持ち味を発揮して正当な報酬を得られる、プロフェッショナルな独立型介護福祉士集団です。 (※この記事は2012年以前のもので、個人の所属・仕事内容などは現在と異なる場合があります)

人間観が変わっていく
面白さにひかれて

大学の先輩に「おもしろいところがあるから」と誘われて、ついて行った先はアパートの一室。
そこで暮らしていたのは脳性まひの障害者、福永さんでした。

「タダで飯が食える」と聞いていましたが、確かに、自分で作って福永さんを介助しながら食べるのでした。介助者が足りなくて、さまざまな当事者団体が学生を集めていたんですね。その後も勧誘の電話がかかってきていたんですけど、そのうち、本人から直接「こないと死ぬぞ!」と電話がかかってくるようになって(笑)。初めは、仕方なしに行っていたんです。ところが、「健常者こそ不自由だ。能力や効率第一主義の価値観に縛られている」という福永さんの言葉に、今までの人間関係や自分の価値観がすべてじゃないと思うようになり、知的障害者の施設などにも行くようになりました。

施設に行くと、みんな非常に個性的で、顔立ちも際立って違うんですよ。コミュニケーションの仕方も鼻の頭をとんとんと叩くのが好きだったり、言葉を逆さまに言うのが得意だったり。

そういう多様性の中で過ごして街中に出ると、みんな同じような顔で、同じような服を着て歩いている。
違和感を覚えました。

こうした経験から、「個人を社会に合わせて障害の克服を図るよりも、社会を個人に合わせてありのままに生きやすい関係を創っていけないだろうか」という思いを抱くようになりました。
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ヘルパー養成から、在宅ケアの道へ

初めはとにかく人材不足だから介護をする人を増やすべきだと、新卒で就職した人材派遣の会社でヘルパー養成事業をやれないかと考えました。

当時、派遣は35歳定年と言われていたので、その受け皿にもなるだろうと会社に提案したのですが、すぐには実現できず。一度退職してアメリカのNPOで働いたあと、派遣会社の関連企業に戻りヘルパー養成事業の立ち上げに関わりました。当時、介護は看護の焼き直しで、看護の助手さんによる安静療養が主流。

生活の中での介助という考えがありません。
そこで、生活リハビリを謳う三好春樹さんのグループに講師をお願いして、プログラムの中身を作っていったんです。

4年で、約5千人のヘルパーを養成しましたが、そこで初めて高齢者の介護と出会い、面白そうだと、自分でやってみることにしました。

老人保健施設で2年、グループホームで4年半働きましたが、次第に施設でのケアに限界を感じ、在宅で一人ひとりの個別ケアをしたいと思うようになりました。大学生の時は、施設から出て一人暮らしをする障害者の自立支援をしていたので在宅が基本。その影響もあったかもしれません。

指名制ヘルパーで
やりがいと適正な報酬を

ところが、2006年の介護保険の制度改定によって、訪問介護の内容が細かく制限され、報酬が抑制される方向に向かいました。

長時間はダメ、
同居の家族がいたら家事はダメ、
日常生活に最低限の買い物はいいけどお酒はダメ、
大掃除は日常じゃないから窓の外はふいちゃダメ…。

まるで断ることがヘルパーの仕事になりかねない。
もっとシンプルに、困っていることに手助けしてもらえて、ときには趣味やお出かけを愉しむ、そんな普通の暮らしを支えたい。
ヘルパー自身も自分のスキルや持ち味を発揮できて、正当な報酬が得られる、そんなビジネスモデルはできないか。

そこで考えたのが、保険外の自費サービスに特化した、指名制ヘルパー事業です。
介護の人材不足や、人が辞めていくのをひっくり返す事業ということで、当時、グループホームや近くのヘルパー事業所で一緒に働いていた仲間と、三鷹市のビジネスプランコンテストに応募。

プレゼンのときは、7、8人並んで、「中国語ができます」とか、「難しい認知症の方とつき合えます」とか、一人ひとり自分の売りをアピールしました。コミュニティビジネス賞を頂いて、2008年、NPO法人としてグレースケアを立ち上げました。

あるときは弁当配達人、またあるときは…

グレースケアのケアサービスは、家事支援から家族のケア、趣味やお出かけ、認知症ケア、医療的ケアまで様々。

海外に住んでいる娘さんに代わって、特別養護老人ホームに入居中のお母様を訪問し、暮らしぶりを報告したり、車いすで買い物や外食、コンサートに一緒に出かけたり、信仰に篤い方の祈願のお伴なんてことも。認知症の方の見守りや夜間のお泊り、医療的ケアでは胃ろうの介助をはじめ、難病や精神疾患のある方のケア、そして、看取りに至るケースもあります。

認知症の方のケアでは機転も必要。
昼間一人で自宅にいるおばあさん、家族は心配でデイサービスに通わせたいと考えているが本人は拒否。
そこで、ふつうに説得に行ってもこばまれるので、お弁当配達員の札を下げてお弁当を持っていけば、入りやすいんじゃないかとか(笑)。

正直、指名というのはまだ少ないですが、中国人の方が中国語のできるヘルパーを指名したり、同郷の鹿児島出身の人がいいとか、女性の方がイケメンの俳優ヘルパーを定期的に依頼するケースも。

だいたい、自宅に入ってくるヘルパーがどんな人なのかもわからないというのは、不安だと思うんです。
介護を受ける側は、アセスメントと称してプライベートなことから何から聞かれるのに、ヘルパーの情報は何もない。
指名制でプロフィールを公開するのには、そういうところも変えていきたいという思いもあります。
ご主人と眺めた桜のもとへ

独立型介護福祉士集団

グレースケアが目指す姿は、独立型介護福祉士の集団です。

フリーでもやっていけるけど、利用者と直接やりとりするのは、事故があったときや、お金のやりとか大変だから、そういう事務的なことはグレースケアにアウトソーシングして、ケアに集中して、より良い関係づくりと上質なケアを提供してくださいということです。

報酬面でも、例えばある会社では1時間3000円の利用料として、ヘルパーの取り分は800円ほどですが、グレースケアでは1800円。

介護職がやっているNPO団体なので、当事者として、自分たちがスキルを高め評価されなければいけない、現場の人間にきちんと報酬がまわるようにしたいという主旨です。今後も介護スキルに加え、オプションとして外国語や秘書の資格、銀行勤務の経験などのプラスアルファで、ケアを洗練させ中身を深めていく。

並みのヘルパーだと対応ができない認知症の人が、あの人がいくとコミュニケーションが取れるという、そういう職人芸的な部分もきちんと評価できるようにしたい。

あとやはり、指名制をもっと伸ばしたいというのはあります。マッチングが難しいなどの課題はありますが、まだ、ニーズが掘り起こしきれていないと思っています。福祉医療機構の助成金で利用者・ヘルパーの意向調査と美容職・ホストからのヒヤリングを行い、そう確信しています。

介護保険という枠組みにとらわれなければ、やれることすべてがケア。
自分たちの力で、新しいサービスを作っていくのは楽しいです。

地域とのつながりをつくる

もうひとつ、介護の仕事をしていて面白いなと思うのは、街や地域の姿がよく見えてくることです。
街の姿が見えてくると、街の課題も見えてきます。

今、グレースケアのある三鷹では、個々に活動していたNPOが集まって、新しい公共モデル事業※として「みたか・みんなの広場」を発足させました(2012.1.6選定)。子育てをする母親や、高齢者、退職者、引きこもりの人など、生きにくさを感じている人たちを、街ぐるみで支えあう、つながっていける仕組みを作ろうというもので、私も副代表として参加しています。

今、ソーシャルベンチャーなどといって、若い人が社会問題に取り組んでいます。かつて「Think globally , Act locally.」というフレーズがありましたけど、まさにそれを地に足付けてやっていけるのが介護の仕事だと思うんです。そういう条件って、ちょっと動けばどこでもできる。街中で人間関係ができて、お互いの顔が見えているっていうのは、結構楽しいです。商店主さんとか、市民運動する女性とか、SOHO起業家とか、個性的な人がいっぱいいますからね。

それぞれの個性を際立たせながら、お互い連携していくのは面白い。
会社で、チームワークで利益の最大化を目指すというのもいいけれど、地域にはまた違った世界の魅力がありますよね。

※東京都新しい公共支援事業 新しい公共の場づくりのためのモデル事業

柳本さんからのメッセージ

制度外に特化して始めたグレースケアですが、現在は介護保険の指定も取り、障害者自立支援法のサービスも行っています。根底にあるのは、利用者さんのニーズをいかに実現するかであって、制度内か制度外かは関係なく、組み合わせて利用してもらっています。

訪ねるところがどこでも、その人がいるところが現場で、やれることすべてがケア。

介護の仕事は、僕が、脳性まひの福永さんに教えてもらったように、効率をあげていくとか、人より能力を勝っていくとかそうじゃないところで、じわじわと面白みがある仕事だと思います。
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文: 鹿庭 由紀子
写真: 山田 彰一
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